平安時代の物語。四巻。作者未詳。十世紀末ごろ成立。
継母に虐待され、落窪の間に押し込められていた中納言忠頼の娘である姫君が、のち左近少将の正妻となって復讐を果たし、その結果、少将と姫君は幸せになるという内容。
首尾一貫した構成をもつ作品で、『源氏物語』をはじめ後代の文学に影響を与えた。
今は昔、中納言なる人の、
また、時々通ひ給ひけるわかうどほり腹の君とて、母もなき御
仕うまつる御達の数にだに思さず、寝殿の放出の、また一間なる
君達とも言はず、御方とはまして言はせ給ふべくもあらず。名をつけむとすれば、さすがに、おとどの思す心あるべしと、つつみ給ひて、「落窪の君と言へ」と宣へば、人々も、さ言ふ。(巻一)
我ゆゑに、かかる目も見るぞと思ふに、いとあなれにて、いかでこれ
かの語らひし少納言、交野の少将の文持て来たるに、かく
かかる物思ひに添へて、三条いとめでたく造り立てて、「
衛門聞きつけて、男君の臥し給へるほどに申す、「三条殿は、いとめでたく造り立てて、皆ひきゐて渡りたまふべかなり。故上の『ここ失はで住み給へ。故大宮の、いとをかしうて住み給ひし所なれば、いと
かくて、やうやう中納言重く悩み給へば、大将殿、いとほしく思し嘆きて、修法などあまたせさせ給へば、中納言「何かは、今は思ふことも侍らねば、命惜しくもはべらず。わづらはしく、何かは折りせさせ給ふ」と申したまふ。
弱るやうひなり給へば、「なほ死ぬべきなめり。今しばし生きてあらばやと思ふは、わが年ごろ沈みて、昨日今日の若人どもに多く越えられて、なり劣りつるになむ、恥に思ひける。
わが君の、かばかり顧みたまふ御世に、命だにあらば、なりぬと思へるに、また、かく死ぬれば、わが身の、大納言になるまじき報にてこそありけれど、これのみぞ、あかずおぼゆること、さては老い果ての面立たしさは、おのれに