一 人にもあらぬ身の上(序)

かくありし時過ぎて、世中に、いとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。
容貌とても、人にも似ず、心魂も、あるにもあらで、かうものの要にもあらであるも、ことわりと、思ひつゝ、たゞ臥し起き明かし暮すまゝに、世の中に多かる古物語の端などを見れば、世に多かるそらごとだにあり、人にもあらぬ身の上まで日記して、めづらしきさまにもありなむ、天下の人の、品高きやと、問はむ例にもせよかし、と、おぼゆるも、過ぎにし年月ごろの事もおぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなむ、多かりける。
二 兼家の求婚

さて、あはつかりし好き事どものそれはそれとして、柏木の木高きわたりより、かく言はせむと思ふことありけり。
例の人は、案内するたより、もしは、なま女などして、言はすることこそあれ、これは、親とおぼしき人に、たはぶれにも、まめやかにも、ほのめかししに、「便なきこと」と言ひつるをも、知らず顔に、馬にはひ乗りたる人して、打ち叩かす。
「誰」など言はするにはおぼつかなからず騒いだれば、もて煩ひ、取り入れて、もて騒ぐ。
見れば、紙なども例のやうにもあらず、至らぬ所なしと聞き古したる手も、あらじとおぼゆるまで悪しければ、いとぞあやしき。ありけることは、
音にのみ聞けば悲しなほとゝぎすこと語らはむと思ふ心あり
とばかりぞある。「いかに。返りごとは、すべくやある」など、さだむるほどに、古代なる人ありて、「なほ」と、かしこまりて、書かすれば、
語らはむ人なき里にほとゝぎすかひなかるべき声な古しそ
十三 町の小路の女

これより、夕さりつ方、「内裏にのがるまじかりけり」とて出づるに、心得で、人をつけて見すれば、「町の小路なるそこそこになむ、とまり給ひぬる」とて来たり。
さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二、三日ばかりありて、暁方に、門をたゝく時あり。さなめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、例の家とおぼしき所にものしたり。
つとめて、直もあらじと思ひて、
歎きつゝ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
と、例よりは、ひきつくろひて書きて、うつろひたる菊に挿したり。返りごと、「あくるまでも試みむとしつれど、とみなる召使の、来合ひたりつればなむ。いとことわりなりつるは。
げにやげに冬の夜ならぬ真木の戸も遅くあくるはわびしかりけり」
さても、いとあやしかりつるほどに、事なしびたり。しばしは、忍びたるさまに、「内裏に」など言ひつゝぞあるべきを、いとゞしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。